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POSTED Thursday, November 18, 2010 19:32

エジプト旅行記⑤ 10月27日 後編

バハリアオアシスからキャンプ予定地の白砂漠までは、黒砂漠とクリスタルマウンテンを経由して約3時間。ベルギー人男性2人組と、パキスタン人夫妻とその友人の3人組、さらに一人旅中の日本人に、エジプト人ドライバーを加えた7人を乗せ、白いジープはバンピーな悪路を猛スピードで駆け抜けていく。

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黒砂漠、といっても砂が黒いわけではなく、火山岩が大量に散らばっているために黒く見える。

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サソリが出るから気をつけろ、の一言でテンションはMAXに。見たい!(見れなかったです。)

どなく黒砂漠を走り抜け、文字通り水晶でできた山、クリスタルマウンテンを越える頃には、旅行者6人の間には微妙な距離感の、なおかつそれなりな連帯感が生まれていた。決してシニカルではないが独特の雰囲気を持ったベルギー人2人と、女性2人が掴まる柱をつとめている旦那、そこに決して社交性の高くない俺が加わったところで、これ以上パーティーの距離が縮まるようには思えなかったが、それでも、油断してると舌を噛み切りそうなほど揺れる車室では、冗談まじりの会話がそこそこの盛り上がりを見せていた。


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クリスタルマウンテンに腰掛けていると、別グループのアメリカ人女性から「写真撮ってあげようか?」と言われたのでカメラを渡すと、すごい離れたところまで戻ってこの写真を撮ってくれました。ありがとう!



あたりの景色が明らかにそれまでとは変わり、ところどころに乳白色の石灰岩が顔をのぞかせ始めた頃、砂漠の夕焼けショーも終わりを告げ、夜がやってくる。西の空がだんだんと朱色を弱めていく間、東の空ではゆっくりと闇のカーテンが立ち上がっていくのが見えた。この時に見た、昼と夜の間に広がっていた紺色のベルトはとても幻想的で、思い出すと今もなんとも言えない気持ちになるが、他の5人は特に気付いた様子もなく、みんな若干疲れてそうだった。おぅい!盛り上がって行こうぜい!などと言うとみんな不機嫌になりそうな予感がしたのでやめた。


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砂漠に沈む夕陽。帰国まで何度見ても飽きなかった。

と、ドライバーが唐突に車を停め、無言で降りて何やらやり始めた。彼がこうして車を降りたのは1時間ほど前にも一回あったけど、その時はリアハッチのドアがちゃんと閉まってるか確認しただけだった。今度のは長い。なんだろう?何やってるんだ?

おわ、フラットタイヤ(パンク)だ。

リアハッチを開けて全員が車を降りると、辺りは奇岩だらけの白砂漠。空にはすでにミルキーウェイがかかっている。
「すっっげええええええ!」

とか声がでたけど、まずはパンクしたタイヤの交換が先。クリップ型のブックライトでドライバーの手元を照らす(持って来てよかった!)。ジャッキと工具を取り出して、ルーフに乗せたスペアタイヤを降ろして、さあ、ちゃっちゃっとやっちまおうぜ!

しかし気付いてはいたが、このドライバーさんはほんと無口。てか多分英語が喋れないんだろうけど、それでもまるでこの車に一人で乗ってここまで来て、パンクしてしまったかのような、たとえば俺たち6人はゴーストのように透明で、物体には触れることができないとでも思っているかのような作業っぷりだ。客にタイヤ交換を手伝わせる気はない、とかそういう感じじゃなくて、今日一日中、俺たち6人はいないかのように振る舞っている。

この仕事が嫌いなのか旅行者が嫌いなのか(これはよくある)、ただもともとそういう性格なのかは知らねえけどな、俺は手伝うからな。いいか、俺は一秒でも早くキャンプに着いて、一秒でも長く寝っ転がって星空を独り占めしたいんだぜ!

面白いように転がっていってしまったスペアタイヤを取りに走り、なんでお前そんなの手伝ってるんだ?頼まれてもないのに物好きだなあという周囲の視線を感じながらも、あと2時間ほどで月が昇って、星がいまほど見えなくなることをヨハンから聞かされていた俺にとって、そんなことはどうでもよかった。奴の仕事は若干危なっかしく、あげくにジャッキを最大に伸ばしてもパンクした左前輪を浮かすことすらできずに、二人仲良くパンクしたタイヤの周囲の砂を掘るはめになった。素手で掘り進めていると、昼間の灼熱からは考えられない、ひんやりとした砂が気持ちいい。なんのためのジャッキじゃあああ(笑)とか思いながらも、まるで用意されたアトラクションのように感じるほど、この時間が楽しかった。思ったほど長くはかからずに、ひっかかった最後の砂を掘り終えて、パンクしたタイヤがからからと回った。

我々にとっては運良く、そして本人にとっては運悪く、砂漠を通りがかった(砂漠通りがかんなよ!と心でつっこんどきました。)おっちゃんはさすがに手慣れていて、スペアタイヤの装着はあっと言う間に終わり、無事にジープはキャンプサイトへ到着。2時間もせずに月が登るらしいことをみんなに伝え、そっこーで荷台を飛び降り、ちょっと離れたところで上を向いて寝っ転がると、そこには今までに見たどんな星空よりも綺麗な、ほんとうに満天の星空が広がっていた。

その星空を見た体験というのは、ちょっと言葉にはできない気がする。今でも目を閉じるとすぐに思い出せるけど、まるで自分の眼球の中に小さな無数の星が入っていて、目を閉じてその輝きを見ているような、そんな感覚。視界のあちらこちらで星が流れていた。


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キャンプファイヤーで料理。一回薪をずらして、炭の上でアルミホイルに入れた野菜と鶏肉を焼く。

その後はバーベキューの鶏肉、暖かいスープ、アエーシをほおばったのだが、この食事は本当に旨かった。多分、何喰っても旨かったんだと思う。そこに旨いもん喰ったもんだからそりゃあもう旨かった。食事を終えて雑談していると、砂漠キツネがひょっこりと姿を現した。

「エサやったらまずいと思う?」
ダメだとは思いつつ、あんまりかわいすぎて、言葉にしてしまった。
ベルギー人のクン「だめだって。それはすごい良くないよ。」
「うん(笑)。そうだよね。」
野生動物がこんなに人や火の近くに来ている時点ですでに手遅れな感じもあるけど、とにかくかわいかったなあ!
パキスタン人の女性「なんでキャンプのこんな人に近いとこまで来るのかしら?」
クン「きっと人間のことが好きになってきたんだよ。」
「それだけはないだろー。メシが喰えると思って来ただけだと思うけど」
ここだけは俺が当たってるはずだ。

キャンプのすぐ脇にある大きな岩をぐるっとまわった反対側まで散歩して、大きな奇岩が右手に見える位置に腰をおろすと、特に何も困ったつもりも、問題もなかったはずなのに、半日ぶりに一人になったせいか、

(はー、集団行動ほんっとに苦手だわー。)

なんて正直な気持ちが聞こえて来る。こういうとき俺の頭は、自分がとんでもない欠陥品だっていう思いでいっぱいになる。いったい何をストレスに感じるんだろう。ここには誰も悪いひとなんていないのに。俺は何を直せばいいんだろう。それが知りたい、と思った。

座り込んでそんなことを考えていると、暗闇の中から一人の男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。それはすごく唐突で不思議な光景だった。その男はゆっくりと近づくと隣に腰を降ろし、こう言った。

謎の男「何か食べるもの持って来てやるよ。待ってな。」

男が去って行く方向に目を凝らすと、離れたところにバンが一台停まっていて、そのバンに張られたタープの下には寝袋のようなものが見える。右に視線を移すと、50メートルほど離れたところにはテントもあった。

オレンジを一つ手に、男は再び俺の隣に腰を降ろした。
男「オレンジ持って来た。喰うか?」
「ありがとう。半分食べる?」
男「俺はいいよ。もうお腹いっぱいだ。」

寝ている旅行者たちを起こさないようにひそひそ声で話しているうちに、この男も砂漠のガイドで今は3人の女性の世話をしていることがわかった。2人は寝袋で、1人はテントで寝ているらしく、一週間ひたすら砂漠にいるらしい。

「一週間もいるの??いいなああああ!」
男「だろう?俺は今回の仕事が嬉しくてしょうがないよ。この静かさが大好きなんだ。」
「わかるよー。いつか俺も日本の友達数人と、そんなことやりに戻って来たいなあ。」
男「そのときは、俺をガイドに雇うといいよ。」
「うん。その時はそうする。」

寒さに震えるのを隠そうとしていた彼にお礼を言って、キャンプへ戻ろうと立ち上がると、右の奇岩の上には、明るく美しい月が昇っていた。ああこの月も、とてもきれいだ。


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暗闇の写真は一枚も撮らなかった。これは翌朝撮った白砂漠。もはや、別の惑星に来たとしか思えない。

クン「おかえり。」
「ただいま。そうだ、オレンジ食べる?」
クン「オレンジ?オレンジなんてどうしたの?」
「どうしたと思う?」
クン「まさか砂漠の真ん中にいきなりオレンジの木でも生えてたのか?」
「はっはっは!ま、そんな感じだよ。:-)」

そう言って火の周りに座り、再び輪の中に戻ってしばらくすると、どこからかフランス人夫婦とそのガイド2人がキャンプファイヤーに合流した。この夫婦は歩いて砂漠を旅しているらしく、ガイドとドライバーは車で食料などを運んでいるそうだ。そうか。オアシスに滞在して、自分に合ったガイドと交渉すれば、ツアーじゃなくていろんな旅を作れるんだな。すごい旅だなあ、なんて思いながら、あんまり口を開かないようにしていると、どうもこのフランス人夫婦がとてもとても優しい目で俺を眺めてくる。これは気のせいじゃあないぞ。と思う頃には、二人とも俺の隣に移動してきていて、日本に行ったことがあるんだと、こんなエピソードを話しはじめた。

京都に一ヶ月滞在していたある日のこと。その日二人は別行動をとっていた。奥さんの方が京都の街を一人自転車で観光していたとき、ほんとに軽くではあるが、自動車と接触してヒザを擦りむいてしまった。その場で必死に謝る日本人の女性ドライバーに、ほんとうになんともないから、もう大丈夫だからと繰り返し告げて、奥さんはその場を後にした。そんなこともすっかり忘れ、京都の名所をいくつか回った夕方、彼女は偶然またその車に出会うのだが、実はそれは偶然ではなかった。その女性ドライバーは、彼女と別れた後に薬局で絆創膏を購入すると、半日かけて再び彼女を捜し出し、さっきはほんとにごめんなさいと、絆創膏を手渡したそうだ。

奥さん「私たちは、日本の人がほんとうに大好きなの。」

外国人から日本人はほんとうに優しい、という言葉をもらうことはしょっちゅうあるけど、その都度、うーん、と思う。正直に思った事を言わないってだけで、実はなにを考えてるのかわからない、っていうのは、きっと優しさじゃない。でもこの時ばっかりは、

「ありがとう。確かに、日本人は優しいかもね。」
そう言って、残ったオレンジを分け合った。

寝袋にくるまると顔だけがきんきんと寒い。砂漠の夜の寒さを実感できてることに感激しながら、どうやらさっき感じたストレスは、日本でもよく感じるやつなんじゃないかなんて考えてるうちに、あっと言う間に眠りに落ちた。(続く)


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別テイク。