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POSTED Sunday, February 5, 2017 12:11

ネパール旅行記② - 2017/01/28

息を飲む、とはこういうことを言うんだろう。しばらく呆然と立ち尽くした後、自分の心に現れたのは、この感覚はきっと写真には撮れないんだろうなぁ~っ!っていう、諦めにも似たとても愉快な感情だった。予想もしていなかった景色に突然出会うなんてことは、国内を旅していてもそれなりに起きることだが、それでも、車同士がすれ違えないほど狭いカトゥマンドゥの路地裏に突然ストゥーパ(仏塔)が現れた時は、まるでそれが何百年もずっとそこで自分を待ってくれていたかのような、何か清々しいものに包み込まれるような錯覚に陥った。


カトゥマンドゥの路地から見上げる空はとても狭く、日差しの強いネパールでも薄暗い。もし自分が前だけを見て歩いていたのなら、間違いなく見落としていただろう。ガイドブックにさえ載っていないそのストゥーパは、人々が日々祈りを捧げ、その生活に深く溶け込んだもので、決して観光客が訪れるような大仰なものではない。それでもその日の自分には、何か特別な意味があるように感じられた。


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(↑ふと右を見やると突然現れたストゥーパ)


さて今日は何をしようか、旅先の朝はいつもそこから始まる。ぐっすりと眠ったおかげでずいぶん頭はスッキリとしていた。思っていたよりずっと温かいシャワーを浴びている間も、タメル地区の朝の喧騒が耳に心地いい。ずいぶんと大きな笑い声が聞こえるが、彼らが何を話しているのかも、なぜそこに集まっているのかもわからない。濡れた髪で下着を替え荷物をまとめると、朝食を摂りに部屋を後にした。ネパールの食生活はブランチと夕食の1日2回だが、何が起こるかわからない今は、食べられる時にしっかり食べておこう。


幸いホテル(名前はゲストハウスだったけど、ここはどうやら普通にクラッシーなホテルだ)にはツアーデスクがあったので、翌日から2泊3日で行けるトレッキングコースを相談する。昨日ジョニーに聞いた通り、2泊3日だとチサパニ、ナガルコットをまわるコースが一般的だそうだ。もちろんそれがどんなところかなんて全くわからないんだけど。残りの宿泊は5泊あったけれど、何しろ初トレッキングだし、どこまで歩けるか予想が立たないのでまずはこの初心者コースを予約し、いざカトゥマンドゥの街歩きへ出発。前述のストゥーパには、その冒頭でいきなり出会ったのだ。


まずはどの街にもあるダルバール広場へ。カトゥマンドゥのダルバール広場は世界遺産だ。宿からほんの1kmほど歩くと、旧王宮のある旧市街、その中心にあるダルバール広場に出ることができる。ネパールに行ってみたいなあと思い始めたのは5年ほど前にさかのぼるが、当時写真で観たダルバール広場が今そこにはないことだけは知っていた。20154月に発生した大地震で、広場のほとんどの寺院が倒壊または半壊していると聞いていたからだ。広場で目にしたものは瓦礫の山と塔の台座、再建計画のお知らせや傾いた建造物を支える倒壊防止用の添え木。


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(↑ダルバール広場の入り口に積み上げられた瓦礫)


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(↑仏塔が立っていた台座)


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(↑再建計画)


ところで、ネパールにはクマリという、女神の化身がいる。彼女は僧侶カーストであるサキャの家柄に人として生まれ、その後クマリとして選ばれると、両親の元を離れ、クマリの館というダルバール広場の南に位置する邸宅に住み、人々の病気治療のための祈願や占いを執り行う。今後クマリ信仰が王政の廃止(2008年)に伴ってどう変化していくかは、予想が難しいとのことだった。クマリの館は中庭まで入ることができるが、その出口で売っていた彼女の葉書を一枚買った。これがこの旅で唯一、自分用に買ったお土産だ。


ひととおりダルバール広場を散策した後は、どこかランニングができるような場所はないものかと地図をひらく。見ると、カンティ・パト(「パト」は「通り」)の東に大きな草地があったので、よし、そこを確かめに行こうと歩き出した。かつて世界中のヒッピーが訪れて賑わっていたという通称フリーク・ストリートを通る際、安くてよりエキサイティングな宿を探して一軒の目星をつける。山歩きから帰ったらここに来るのも悪くないな、なんて考えながらいざ草地へたどり着くと、あら?あららら?そこにはよく見た光景が。あらー、ステージあるじゃん。フェス?フェス会場なのここ?


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(↑ほら!よく知ってる感じ!)


人でごった返す入り口をふらふらと吸い込まれるように入っていくと、ありゃー、こりゃあフェスだわ。まずは機材に興味津々。スピーカーがラインアレイだったので、おおー、しっかりしてんなぁ、まだバンドは始まんないみたいだな。。なんか挨拶みたいなのしてるしな。。それにしても広いし人めっちゃいるなあ。。なんかめっちゃみんな見てくるな。そういえば外人ぜんぜんいねえじゃん。ってか俺だけじゃん。すげースニーカー見てくるな。ZOOMシリーズ珍しいのかな。。それにしても出店いっぱい出てるなー。。昼飯がフェス飯になるとは思ってもみなかったぜ。こりゃあはずすわけにはいかねぇぞ。一回向こうまでぐるっと見てから決めよう。。あー綿菓子売ってますねー。でもこの気温で溶けない綿菓子だから多分俺が知ってるのとは違うんだろうな。。ほい、最後まで見ましたよ、っと。っておい!振り返るとヒマラヤ見えてんじゃん!!初ヒマラヤ!きたーー!!よし、飯はここにしよう!えーと、モモ?だっけ、あのモモ?ください。はい?あ、じゃあえーと、フライドモモで。あとビールも。うぇっへっへ、昼ビール贅沢なあー。。なんて着席とあいなったわけです。


初めてのモモをのんびりと味わい、大瓶が空になっても演奏は始まらない。んーと、あの、これってなんのフェスなんですか?ああ!民族独自の新年を祝うお祭りなんですか!へー!125民族もいるの!?そっかあー!どうりで!


そうして宿へ戻ると、まだ日没までは2時間ほどあった。ならばいざ、スワヤンブナート、通称モンキー・テンプルへ行ってみよう。地図上では3kmほどだ。川を渡り丘を登ると、そこはカトゥマンドゥ盆地がまだ湖だった頃からそこにあったと言われる世界遺産、スワヤンブナート寺院だ。ひときわ大きなストゥーパを中心に、寺院や巡礼者の宿泊所などが立ち並ぶその光景は、まさに思い描いていたネパールそのものだった。


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(↑丘の上に見えてきたスワヤンブナート)


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(↑ブッダアイ。いつ見ても惹き込まれる。)


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(↑。。。)


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(↑カトゥマンドゥを一望する)


カトゥマンドゥの街を一望できるその丘からしばらく、この旅や自分の人生、果たしてこれからどこへ行こうかとひとしきり思いを馳せたのち、さて暗くなる前にタメルに戻ろうと歩き出すと。。


「エメリヒ(仮)!エメリヒ(仮)じゃないか!」

「おー!タケシ!」

そこにいたのは昨日屋上のカフェで出会ったドイツ人、エメリヒ(仮)だった。欧米人になかなか覚えてもらうことのできない自分の名前を、一度話したきりで正確に覚えていたエメリヒ(仮)に少し驚きながらも、再会の喜びに浸る。まさか、ネパールの寺院で知り合いに会うとはね。

「偶然だね。どうしてた?あ、新しいジャケット買えたんだ。いいじゃん似合ってるよ」

「そうなんだよ。ありがと。そういえばすごいいい宿を見つけたんだ。モンキーモンキー(仮:全然違います)っていうとこ。今そこで出会ったみんなと来てるんだけど、タケシも一緒に来ないか?」

「ははは。いいよ。俺一人の方がいいんだ」

「はっはっは。それもわかるよ。じゃあまたね」

「うん。またね」


と言った会話の終わりに、モンキーモンキー(仮)からの数名が合流して、軽く挨拶を交わした。その時の雰囲気がとても心地よかったので、トレッキング以降の宿の候補がまた一つ増えた。丘を降(くだ)り、さっき渡った橋を逆方向に渡る。陽が傾き、街が少しずつ茜色に染まっていく。子供達が元気に走り回り、砂埃の舞う風に顔が乾く。孤独な心はなぜか突然満たされ、全く何のまえぶれもなく、ふと涙がこぼれそうになった。この時の感情を正確に表す言葉や表現を俺はまだ知らない。一番近いものは何だろうかとしばらく考えたが、きっと最も近いものは「感謝」だろうと思った。(つづく)


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(↑道すがら見えていたヒマラヤ山脈)

POSTED Saturday, February 4, 2017 15:43

ネパール旅行記① - 2017/01/27

一体誰がインターネットなんて作ったんだ。。携帯だってそうだ。どっちもなければ、今こうやってバンコク、スワンナプーム国際空港まで日本での仕事が追いかけてくる事なんてなかったはずだ。そんなことを思いながら、トランジットポイントのタイでかれこれ5時間、ラップトップと向き合ってる。TCP/IPの開発者たちにはどこまでの未来が見えていたのだろう。今では世界の人口の7人に1人がFacebookを使い、彼らのメモリーバンクには日に数千台のサーバーが追加されている。冒頭からいきなり話は脱線するけれど、18世紀に蒸気機関を発明したエンジニアたちの胸には、歩ける距離を超えて人々が交流する豊かな未来への憧憬のみが思い浮かんでいたに違いない。夢と希望に溢れ、新たな発明や技術を追い求めた結果、産業革命からわずか2世紀で、自身の発明により地球の気候が大きく変動することなど、露とも思わなかったに違いない。


そんな安っぽい愚痴めいた発想で目の前にある仕事を罵りながらも、向こう一週間の自由を手に入れるためには、スワンナプーム初カトゥマンドゥ行きの国際便に搭乗する前に、今ペンディングになっている全ての要件に対して結論を出す必要があることは痛いほどわかっていた。数ギガバイトの資料をダウンロードする間、パイプ椅子に体を横たえていると、首筋に何かもぞもぞと動くものがある。気のせいかと一回は無視してみたが、どうやら本当に何かいるらしい。右手の指で掴んでみると、2cmほどの大きさのゴキブリ。よう、はじめてタイに来た時も会ったな、と思いつつポイと通路に放り、搭乗案内を待った。


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EMIの担当とのやりとりは果たして機内でも続き、ドアが閉まって全ての電子機器の電源を切るようアナウンスがされる頃(タイ航空では離着陸時、電波を発信しない電子機器でも使用が禁じられている)、「これでもう本当に全部終わり?」「はい、ネパール楽しんできてくださいね」というLINEのやりとりをもってして、俺の最も新しい一人旅が始まった。


事前に購入したのは航空券と地球の歩き方ネパール編、一週間洗濯せずに履き続けられるトラウザーと、気候に合わせて重ね着ができそうなアウター、そしてトレッキング用に新調したバックパックだ。機内で初日の宿に軽く目星をつけると、1時間ほど眠りに落ちた。機内食(朝食)のアナウンスで目覚めると、窓の外には見たこともない景色が広がっている。はっはっは!これは知らねえぞ!エジプト旅行記さえ完結していないのに、今回の旅は文字にしてみようと思った瞬間だった。


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(↑おそらくバングラデシュ南沖を飛行中の写真。カトゥマンドゥ着陸時は写真撮れないので。)


1月のネパールは乾季だが冬で気温が低く、ツーリズム的にはオフシーズン。そんなことさえ知らずに飛行機に乗ったもんだから、当然街のイメージなんて何もない。なんとなく、農村めいた、のどかで、のんびりとした街を想像していた。街の中心にはストゥーパ(仏塔)があって、5色の旗がひらめいているのだろう。人々は軒先で美しい空と空気に包まれ、笑顔があふれているのだろう。そして、この街を離れる頃には、自分は今までより少しだけ、優しくなれているのだろう。そんな俺の勝手な予想は全くの思い違いだったと、国際線の到着ロビーを出た瞬間に思い知らされる。東京の堅苦しい空気をまとい、ガイドブックを片手にタクシーを探す通貨的優位に立った国からの旅行者を、自分のタクシーに乗せるべく壮絶な争奪戦が繰り広げられるその光景は、エジプト、ルクソールのバス停にも引けを取らない。


「コニチワ!日本人か?タクシー乗るんだろ?」

恰幅のいい御仁に詰め寄られたが、ここはなるべくこっちのペースで事を運びたい。

「まあね。でもとりあえず水が買いたいからいいよ。ほっといて」

そう言って歩き進めるも、このテンションでやり過ごすのは100mほどが限界だった。どうしたって到着日は浮ついた空気をまとっているので、彼らには格好のカモだ。どれが正規のタクシーなんだか皆目見当がつかないなか、売店の場所を教えてやるという大柄なおっちゃんが現れた。

「いいよ。自分で探せるから」

「(無視)こっちだ。ほら、あそこに売ってるぞ。(売店まで連れ立って歩いて)こいつに水を売ってやってくれ。ほら、100ルピーだ」

「ああ、ありがと。じゃあね」

「(無視)(いつの間にか横にいた男を指して)ほら、こいつがお前のタクシーだ。いいよな?」

「ああん?だからいらねーっつってんじゃん」

と紹介された男(ジョニー:仮名)の顔を見るとまあ、人の良さそうな優しい顔をしているので、ふぅ、まあいいか。どっちにしろタクシーには乗るんだから、と思い「はー。おっけー。タメル地区までいくら?」と聞くと、400ルピーでいいとのこと。なんだ、ずいぶん安いじゃないか。ほんじゃ、決まりね、と握手をして二人で歩き出し、ほどなく駐車場にさあ、到着というところでジョニーが口を開いた。

「バイクだけど、いいよね?」


こうして当然のように彼の「友達」が経営しているというホテルに到着。屋上階がカフェテラスになっていて、見晴らしも悪くない。何はともあれ腰を下ろしてビールを頼むと、「せっかく連れてきてもらって悪いんだけど、ここに泊まる気はないよ。少なくとも目星をつけたホテルを見てからでないと」と伝えると、彼も「もちろんもちろん」と了承してくれた。周りを見渡すと、身長190cmはありそうな、大柄なドイツ人エメリヒ(仮名:めっちゃ適当です)が寒そうにブランケットにくるまり、ネパールティーをすすっている。特に急ぐ旅でもないので、エメリヒと何気ない会話をしていたのだが、この男がまた本当に人懐っこい笑顔で笑うのだ。

エ「俺も今日着いたんだけど、空港で上着をなくしちゃってさ、なんか買わないとだよ笑」

俺「そりゃ災難だったね。夜はもっと冷えそうだよね」

エ「君はここに泊まるの?」

俺「いいや。多分そうはならないな」

エ「俺もそうだよ。ここはちょっと高すぎるからね。節約しないといけないんだ」

から始まり、普段自分の住んでる世界や音楽の話など、賢さを感じさせるエメリヒの話ぶりにしばらく話し込んだものの、やはり宿が決まっていない心地悪さもあったので、別れを切り出した。

「楽しかったよ。それじゃ」

「もしよかったら、連絡先を教えてくれないか?Facebookはやってるんだろ?」

「ははは。それがやってないんだ。Emailのアドレスを書いて渡すよ」

そう言ってナプキンにアドレスを書いて渡すと、

「ふーむ。俺はEmailってやったことないなぁ」

「世代の違いかもね笑 まあ、縁があったらまた会うよ。東京に来ることがあったら連絡してみて。それじゃ」

そう言って宿を後にする。


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(↑カトゥマンドゥのタメル地区。旅行者や行商など、いつも賑わっている。)


目星をつけていたゲストハウスに行く途中にもう一軒、ジョニーのおすすめの宿があるというので、まずはそこを見に行くと、ネワール様式の美しい、歴史を感じさせる素晴らしいホテルに連れて行ってくれた。内装も申し分なく、レセプションの対応も心地いい。ただ、俺はきれいなホテルでゆったりと過ごすためにネパールに来たわけじゃないし(値段もUS60$と結構高い)、どうしても最初に気になったゲストハウスが見たかったので、まあここもいいんだけどねー、と言ってそのホテルを後にする。こんなところで気をつかっててもしょうがないので、

「ねえ、今のホテルに俺が泊まったらジョニーにはいくら入るの?」

と聞いてみた。

「え、いや、っていうか入んないよ。うん。入るケースもあるんだけどね、ハハ、今のは違うよ。」

「そうなんだ?いや、それが悪いとか嫌だって言ってるんじゃないから勘違いしないでね、当然のことだし。ただどういう仕組みなんだろって思っただけ」

なんて話をしながら、お目当てのゲストハウスに到着。ここもUS$50と高いんだけど、数々のエベレスト登頂チームや高名な冒険家の足跡を感じることができる場所だったので、一泊目はここで、と一晩の宿を取ることにした。ジョニーの目には明らかに落胆の色があったので、約束のタクシー代を多めに払い、部屋にバックパックを放り込んだ。(つづく)


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(↑その後ふらりと晩飯を食いに入ったレストラン。食事中に停電になり、ロウソクが運ばれてきました。背後では電線がショートし、大きな音を立てて火花が地面に降るなか、それを見てレストラン中の人がワッハッハ!と笑っている。ああ、旅がはじまったんだなあと思いながら、美味しいダルバートをいただきました。)

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*1日目からこんな長くてまた今回も最終日まで書ききれずに終わるんじゃないかと、自分でも思っているけれど(笑)、今は書いてるのが楽しいので、楽しいうちは書いてみます。暇つぶしにどうぞ~。:-)

POSTED Wednesday, September 7, 2016 00:00

8年目。

今日でELLEGARDENの活動休止からはや8年目。まさかこんなに長くなるとは思ってなかったなー。あれから沢山の出会いや気付きがあって、もちろん俺は今の自分の人生と仲間たちを深く深く愛しているんだけど、その一方で、あの日から停まったままの時計もその人生の一部としてずーっとあるわけで、そのことを考えない日は実はあんまりない。待たせ続けていることに対しては、ひたすらごめんっていう気持ちしかない。


また4人で集まるのなら、ただあの頃と同じく、楽しいバンドがやりてえなって気持ちで集まりたい。出来る事なら、それは物語の続きであって欲しい。だから俺は(あの頃と比べて)知らなかった世界や音楽を多少なりとも理解できるようになったとしても、絶対に変わりたくない部分がある。それが今も物事をややこしくしてるのかもしれないけど。


たとえそうだとしても。俺は自分自身と、メンバーと、もうほんとうに気の遠くなるほど待たせてしまっている連中のハッピーエンドを諦める気はない。人生とは世知辛く、マンガや小説や映画のようにはいかないもんだと、したり顔で何度言われても、うるせえな、それはお前の場合だろと、あの頃と同じく今も思っている。